朝の一杯、仕事の合間のひと息、静かな夜のくつろぎのとき。
そんな何気ない日常に寄り添うコーヒーには、実は数百年にわたる壮大な旅の歴史があるんです。
「コーヒーってどこから来たんだろう?」
「いつから人々に飲まれているの?」
知らなくてもいいことかもしれないですが、けっこう面白いんです。
歴史を知ると、いつもの一杯がもっと味わい深くなる。
今日は、そんなコーヒーの物語を 一緒にたどってみましょう。
私たちも頑張って、海外の文献まで手を広げて調べた内容になっていますので、ぜひ読んでみてください。
もちろん、諸説あるものも多いため、知識の一つとして楽しんでいただけますと幸いです。
※なお、読みもの内に登場する写真は全てイメージとなりますので、あらかじめご了承ください。
はじまりの地、エチオピア

コーヒーの故郷は、アフリカの東部に位置するエチオピアです。
現在私たちが楽しんでいるアラビカ種のコーヒーの木は、エチオピアの高原地帯に古くから自生していました。
現地には「カッファ(Kaffa/Kefa)」と呼ばれる地域があり、コーヒーの故郷としてよく知られています。
ちなみに「コーヒー」という言葉の語源は、カッファ由来説もふくめていくつか説があるのですが、一般にはアラビア語→トルコ語→ヨーロッパの言葉へ広がっていった、と説明されることが多いです。
エチオピアの人々は、コーヒーの実の果肉を食べたり、葉を煎じて、体調管理の知恵として飲まれていたようです。
今でもエチオピアの一部の地域では、コーヒーの葉を煎じたお茶(地域によってクティ(Quti/Kuti)などとも呼ばれます)が愛飲されているんですよ。
伝説に残るコーヒーの物語

コーヒーの起源には、語り継がれてきた美しい伝説があります。
ここでは、特に有名な2つの物語をご紹介しますね。
ヤギ飼いカルディの伝説

※画像はイメージです
9世紀頃のエチオピアに、カルディという名のヤギ飼いの少年がいました。
ある日、カルディは不思議な光景を目にします。
自分のヤギたちが、ある赤い実を食べた後、やけに元気に飛び跳ねているのです。
「なんだろう、あの実は…」
好奇心にかられたカルディは、自分でもその実を食べてみました。
すると、みるみるうちに元気が湧いてきて、思わずヤギたちと一緒に踊りだしてしまったとか。
この話を聞いた近くの修道院の僧侶たちが、実を持ち帰って煎じて飲んでみたところ、夜通しの祈りの時間も眠くならずに過ごせました。
「これは神様からの贈り物だ」
僧侶たちはそう称えて、この不思議な実を大切にしたといいます。
ただし、「カルディの伝説」は、9世紀ごろの出来事として語られることが多いのですが、史料できちんとした裏付けがある話というより、後から広まった“コーヒーの物語”として楽しまれている面が大きいみたいですね。
修道者オマールの伝説
もうひとつは、13世紀のイエメンの物語です。
シェイク・オマールという名の修道者がいました。
オマールは祈祷の力で人々を癒す、とても尊敬される人物でした。
ところがある日、思わぬ不幸が訪れます。
王の娘の病を癒した際に、オマールはその美しい姫に心を奪われてしまったのです。
それを知った王は激怒し、オマールを山奥へ追放してしまいます。
飢えと疲労に苦しみながら山中をさまよっていたオマールは、ある日、美しい小鳥が赤い実をついばんでいるのを見つけました。

※こちらの画像もイメージです
「あの実を食べてみよう」
試しにその実を煮出して飲んでみると、驚くほど元気が回復したのです。
やがてオマールは町に戻り、この不思議な実で多くの病人を救いました。
そして再び人々から尊敬を集めるようになったといいます。
伝説が伝えてくれること
これらの物語が史実かどうかは定かではありません。
むしろ後世に作られた逸話だと考える研究者も多くいます。
でも、この2つの伝説には 共通して伝えられていることがあります。
それは、コーヒーが最初から嗜好品ではなく、「人を元気にする力を持つ不思議な実」として 大切にされてきたということ。
コーヒーの歴史は、人々の暮らしに寄り添う「薬」としての 役割から始まっていたのかもしれませんね。
イスラム世界での広がり

15世紀になると、コーヒーはエチオピアから紅海を渡り、アラビア半島のイエメンへと伝わります。
イエメンでは、コーヒー豆を焙煎して煮出す飲み方が生まれました。
この飲み物は「カフワ(qahwa)」と呼ばれていたそうです。
言葉の細かい由来は諸説あるのですが、カフワ(qahwa)とは、元々古代アラビア語でワインのような香りのする飲み物や、眠気を覚ます飲み物を指す言葉としても使われたそうです。
イスラム世界でコーヒーが普及するにつれて、だんだんコーヒーそのものの呼び名として定着していった、と説明されることが多いんですね。
呼び名の変化にも、コーヒーの広がりが感じられて面白いですよね。
修道者たちの「秘薬」
当時、イスラムの修道者たちにとって、夜通し祈りを捧げることはとても大切な修行でした。
そんな彼らにとって、眠気を払い、集中力を高めてくれるコーヒーは まさに「秘薬」のような存在。
修道院ではコーヒーを門外不出の秘薬として 大切に守っていた時期もあったといいます。
世界最初のコーヒーハウス?
16世紀、オスマン帝国の時代になると、コーヒーはさらに広がりを見せます。
“コーヒーを飲んで語り合う場所”としてコーヒーハウスというものが、メッカでは15世紀〜16世紀初頭には存在していたとされ、16世紀半ば(1554〜1555年ごろ)にはイスタンブールでも広がったと言われています。
世界で最初と言われることもありますが、この時代にコーヒー文化が花を開いた時期として覚えておくと良いかもしれません。
人々はここでコーヒーを飲みながら、チェスを楽しんだり、詩を朗読したり、政治や世の中のことを語り合いました。
コーヒーハウスは、単なる飲み物を提供する場所ではなく、人々が集い、語り合う文化的な空間だったんですね。
ちなみに当時のトルコには、「夫が妻に十分なコーヒーを与えられなければ、 妻は離婚を求められる」という話、コーヒー史の小話としてよく出てくるのですが、これもあくまで言い伝えのようなものだそうです。
それでも、コーヒーがいかに人々の暮らしに 深く根付いていたかがわかりますよね。
モカ港から世界へ
イエメンの紅海沿岸にある港町「モカ」は、18世紀までアラビカ種コーヒーの 主要な積み出し港として栄えました。
「モカコーヒー」という名前は、この港に由来しているんですよ。
当時のオスマン帝国は、コーヒーの栽培を独占しようとしていました。
他の国がコーヒーを育てられないように、輸出する豆は必ず焙煎するか、熱湯に漬けてから出荷することで、発芽しないように加工していた、という話も伝わっています。
こうした管理もあって、しばらくのあいだは、交易の中心がイエメン(モカ)に置かれていたと、そんなふうに語られることが多いです。
ヨーロッパへの伝播

17世紀になると、コーヒーはついにヨーロッパへと渡ります。
当時、地中海貿易の中心だったヴェネツィアの商人たちが コーヒーをヨーロッパ各地に紹介していきました。
「悪魔の飲み物」から「神の飲み物」へ
最初、ヨーロッパの人々にとってコーヒーはとても奇妙なものでした。
「イスラム教徒の飲み物だ」
「悪魔の匂いがする」
そんな警戒の声もあったといいます。
ところが、時のローマ教皇クレメンス8世はコーヒーを実際に飲んでみて、こう言ったと伝わっています。
「これほど美味しいものを異教徒だけに独占させておくのは惜しい」
そしてコーヒーに洗礼を施し、キリスト教徒にも認められる飲み物としたのです。
この逸話が史実かどうかは諸説ありますが、コーヒーがヨーロッパで受け入れられていく象徴的なエピソードとして語り継がれています。
イギリスのコーヒーハウス文化
1650年、イギリスのオックスフォードに 最初のコーヒーハウスがオープンします。
そして1652年にはロンドンにも広がりました。
当時のコーヒーハウスは、1ペニー(わずかな金額)で入場でき、コーヒーを飲みながら新聞を読んだり、政治や経済について議論したりできる場所でした。
「1ペニーで入れる大学」
そう呼ばれたコーヒーハウスは、身分に関係なく人々が集い、自由に意見を交わせる貴重な空間だったのです。
18世紀のロンドンではコーヒーハウスがものすごい勢いで増えて、当時の人が「1000軒以上ある」なんて数えた記録もあります。
※ただ、1734年のロンドンの名簿では551軒(公的に把握された数)という数字も出ていて、資料によって幅があるみたいです。
面白いことに、現在の世界的な保険会社「ロイズ」も、コーヒーハウスから始まったんですよ。
船主たちが集まる「ロイズ・コーヒーハウス」では、 船舶情報の交換や海上保険の取引が行われ、それが今日の巨大な保険会社へと発展していったのです。
コーヒーハウスは、近代ヨーロッパの市民社会や経済の発展に 大きな影響を与えた場所だったんですね。
フランスでの発展
1669年、オスマン帝国の使節がパリを訪れ、ルイ14世の宮廷にコーヒーを紹介しました。
これをきっかけにパリでもコーヒーが流行し、1686年には今も営業を続ける伝説的なカフェ 「カフェ・プロコープ」がオープンします。
フランスでは新しい飲み方も生まれました。
ミルクを入れた「カフェ・オ・レ」です。

また、コーヒーを煮出す代わりに布袋に入れて熱湯に浸す「浸漬式」という淹れ方も開発されました。
国や文化によって、コーヒーの楽しみ方は少しずつ変化していったんですね。
世界各地への広がり

18世紀に入ると、ヨーロッパの国々は植民地でコーヒーの栽培を始めます。
オランダとインドネシア
オランダ東インド会社は、セイロン島(現在のスリランカ)やジャワ島でコーヒー栽培を成功させました。
1706年、ジャワ島からオランダのアムステルダムへコーヒーの苗木が運ばれます。
この1本の苗木が、後の世界のコーヒー栽培に大きな影響を与えることになりました。
フランスからカリブ海へ
1714年、アムステルダム市長は フランス国王ルイ14世に コーヒーの若木を贈りました。
コーヒー愛好家だったルイ14世は、この木をパリの王立植物園で大切に育てます。
そして1723年、フランス海軍士官のガブリエル・ド・クリューは、この植物園から苗木を持ち出し、困難な航海を経てカリブ海のマルティニーク島へ運びました。
この苗木がきっかけになって、カリブ海から中南米へとコーヒーが広がっていきます。
その流れの中で、のちに“ティピカ系”につながる系譜として語られることも多いんです。
ブラジルへの伝播
そしてコーヒーは、思いがけない形でブラジルにも渡りました。
ある逸話によると、1727年にポルトガル陸軍将校パルヘッタという人物が フランス領ギアナの総督夫人と恋に落ち、別れ際に彼女から「秘密の贈り物」を受け取ったのです。
それは、コーヒーの種が隠された花束でした。
パルヘッタはこの種をブラジルに持ち帰り、それが今日の世界最大のコーヒー生産国 ブラジルのコーヒー栽培の始まりとなったといいます。
恋の物語から始まったなんて、なんだかロマンチックですよね。
日本へのコーヒー伝来
さて、コーヒーが日本にやってきたのは いつ頃のことでしょうか。
出島から始まった出会い
日本にコーヒーが初めて伝わったのは、江戸時代のことです。
鎖国政策の中、唯一の窓口だった長崎の出島で、オランダ人商人によってもたらされました。
17世紀後半〜1700年前後、長崎の出島を通じてオランダ人によってもたらされた、といわれています。
ただし、当時コーヒーを口にできたのは 通訳やお役人など、ごく限られた人たちだけ。
しかも、当時の日本人の多くは コーヒーの味に馴染めなかったようです。
蘭学者の大田南畝という人物は、「焦げた風味がしてとても飲めるものではない」 という感想を残しています。
お茶の文化が根付いていた日本人にとって、コーヒーの独特の苦みと香りは 少し受け入れにくいものだったのかもしれませんね。
シーボルトの普及活動
1820年代に来日したオランダ商館付きの医師シーボルトは、日本人がコーヒーを飲まないことに驚きました。
そこでシーボルトは、自身の著書『薬品応手録』の中でコーヒーは健康長寿に効果的な良薬であると紹介し、コーヒーの普及に一役買ったといわれています。
日本初の喫茶店「可否茶館」
明治時代に入ると、西洋文化を取り入れる文明開化の波とともに、コーヒーも少しずつ広まっていきました。
1858年の日米修好通商条約でコーヒー豆の正式な輸入が始まり、1888年には東京・上野に 日本初の本格的な喫茶店「可否茶館(かひさかん)」がオープンします。
アメリカ留学経験のある鄭永慶という人物が開いたこの店は、フランスの文学カフェをイメージした知識人や芸術家が集う場を目指していました。
残念ながら数年で閉店してしまいましたが、一般向けにコーヒーを提供する喫茶店の先駆けとなりました。
文士たちとコーヒー
明治から大正にかけて、コーヒーは文化人たちの間で愛されるようになります。
北原白秋、石川啄木、高村光太郎、永井荷風など、名だたる文人たちが「パンの会」という集まりを結成し、日本橋のカフェで毎月コーヒーを囲んで語り合いました。
こうした文化的なサロンの存在が、日本のコーヒー文化の土壌を育てていったんですね。
戦争による中断と復活
第二次世界大戦中、コーヒーは「敵国飲料」として輸入が途絶えてしまいました。
人々は大豆やドングリを代用コーヒーとして飲んでいたといいます。
しかし戦後、1950年にコーヒー輸入が再開されると、日本人のコーヒーへの愛は急速に広がっていきました。
1969年には上島珈琲が世界初の缶コーヒーを発売。
日本独自のコーヒー文化が花開いていきます。
1970年代には全国に喫茶店ブームが起こり、新宿だけでも200店もの喫茶店がひしめいていたほど。
サイフォンやネルドリップで丁寧に淹れた一杯を、静かな空間でゆっくり味わう。
そんな日本独特の喫茶店文化は、海外からも注目される存在になっていきました。
スペシャルティコーヒーの時代へ

そして現在、コーヒーは新しい時代を迎えています。
「三つの波」という変化
コーヒーの歴史は、「三つの波(ウェーブ)」として語られることがあります。
第一の波(ファーストウェーブ)は、19世紀後半から20世紀中頃にかけての 大量生産・大量消費の時代。
インスタントコーヒーや缶コーヒーが普及し、コーヒーが身近な飲み物になった時代です。
第二の波(セカンドウェーブ)は、1960年代から1990年代頃。
スターバックスに代表されるカフェチェーンが台頭した時代です。
深煎りのエスプレッソをベースにしたラテやカプチーノなど、多彩なコーヒードリンクが楽しめるようになりました。
そして第三の波(サードウェーブ)。

2000年代から広がったこの潮流は、コーヒー本来の価値を見つめ直す動きです。
スペシャルティコーヒーという考え方
「スペシャルティコーヒー」という言葉が生まれたのは、1970年代のアメリカでした。
大量消費の時代、コーヒーは安く買い叩かれ、生産者の暮らしは厳しくなり、品質も低下していきました。
「このままではいけない」
そんな危機感から、高品質なコーヒーを適正価格で取引し、生産者も消費者も幸せになれる仕組みを作ろうという考え方が生まれたのです。
スペシャルティコーヒーでは、コーヒーがどの国の、どの地域の、どの農園でどのように栽培されたかがはっきりしています。
生産者の顔が見えるコーヒー。
それがスペシャルティコーヒーの大きな特徴です。
一杯に込められた想い
浅煎りでコーヒー豆本来の個性を引き出し、ハンドドリップで一杯ずつ丁寧に淹れる。
産地によって異なるフルーティな酸味や、花のような華やかな香りを楽しむ。
そんな新しいコーヒーの楽しみ方が世界中で広がっています。

面白いことに、日本の昔ながらの喫茶店文化には、サードウェーブに通じる考え方がもともとあったんです。
「一杯入魂」で丁寧に淹れる。
お客様の好みに合わせて豆を選ぶ。
静かな空間でゆっくりとコーヒーを味わう。
日本の喫茶店文化は、ある意味「時代を先取り」していたのかもしれませんね。
おわりに|一杯のコーヒーに込められた物語
エチオピアの高原に自生していた赤い実が、修道者たちの「秘薬」となり、 海を渡りヨーロッパで文化を育み、世界中に広がっていきました。
そして今、あなたの手元にある一杯のコーヒーへ。
その旅路は、実に数百年にも及びます。
ヤギ飼いの少年カルディが発見した不思議な実。
コーヒーハウスで世界を変える議論が交わされた時代。
フランス海軍士官が命がけで運んだ一本の苗木。
日本の文豪たちがカフェで語り合った夜。
そんな無数の物語が積み重なって、今のコーヒー文化は成り立っているんです。
歴史を知ると、いつもの一杯がもっと愛おしく感じられませんか?
朝の一杯を淹れるとき、立ち上る湯気の向こうに、数百年の旅を経てきたコーヒーの物語を思い浮かべてみてください。
きっと、その一杯がもっと特別なものに感じられるはずです。
FUKUSUKE COFFEEでは、そんな歴史あるコーヒーの中でも、特に品質にこだわったスペシャルティコーヒーをお届けしています。
一杯のコーヒーに込められた物語とともに、あなたの日常に小さな「福」をお届けできたら とても嬉しく思います。
コーヒーの歴史について気になることがあれば、いつでもお気軽にご相談くださいね。
コーヒーの歴史年表
最後に、コーヒーの歴史を年表でまとめておきますね。
いつでも振り返りたいときに、参考にしてください。
起源〜中世
- 9世紀頃:エチオピアでコーヒーの実が発見されたとされる(カルディの伝説)
- 13世紀頃:イエメンでシェイク・オマールがコーヒーを発見したとされる伝説
- 15世紀:イエメンでコーヒーの栽培が本格化
- 15世紀中頃:イエメン周辺で、焙煎した豆を煮出すコーヒーの飲み方が広がっていく
- 1510年:エジプト・カイロにコーヒーが伝わる
- 1554〜1555年ごろ:イスタンブールでコーヒーハウス文化が広がる
ヨーロッパへの伝播
- 1605年頃:ローマ教皇クレメンス8世がコーヒーを認可したとされる
- 1645年:ヴェネツィアにヨーロッパ初のコーヒーハウスがオープン
- 1650年:オックスフォードにイギリス初のコーヒーハウス誕生
- 1652年:ロンドンにコーヒーハウスがオープン
- 1669年:オスマン帝国の使節がパリにコーヒーを紹介
- 1686年:パリに「カフェ・プロコープ」オープン
世界への拡大
- 1699年:オランダ東インド会社がセイロン、ジャワ島でコーヒー栽培を開始
- 1706年:ジャワ島からアムステルダムにコーヒーの苗木が運ばれる
- 1714年:アムステルダム市長がルイ14世にコーヒーの木を贈呈
- 1723年:フランス海軍士官ガブリエル・ド・クリューがマルティニーク島にコーヒーを移植
- 18世紀後半:ブラジルでコーヒー栽培が始まる
日本への伝来
- 17世紀末〜1700年前後:出島を通じてコーヒーが伝わったといわれる
- 1820年代:シーボルトが『薬品応手録』でコーヒーを紹介
- 1858年:日米修好通商条約でコーヒー豆の正式輸入開始
- 1888年:東京・上野に日本初の喫茶店「可否茶館」オープン
- 1908年12月:パンの会 発足(その後しばらく活動)
現代
- 1950年:戦後、日本でコーヒー輸入再開
- 1960年:日本でコーヒー豆の輸入自由化
- 1969年:上島珈琲が世界初の缶コーヒーを発売
- 1970年代:日本で喫茶店ブーム
- 1974年:「スペシャルティコーヒー」という言葉が初めて使われる(アメリカ)
- 1982年:アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)設立
- 2003年:日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)設立
- 2015年:日本にサードウェーブコーヒーが本格到来
あなたのことも、教えてください
FUKUSUKE COFFEEの読み物は、私たちが一方的に「伝える」ためのものではなく、みなさんと一緒につくっていきたいと考えています。
・このコーヒー、どう選べばいい?
・プレゼントで失敗しないコツを知りたい
・浅煎りって、正直よくわからない
・こんな話、読んでみたい
・最近こんなことで悩んでいます
などなど、どんな小さなことでも大丈夫です。
ふと感じた疑問や、知りたいこと、悩んでいることを、そっと教えてください。
いただいたお声は、次の読みものや商品づくりのヒントとして、ひとつひとつ、大切に活かしていきます。

FUKUSUKE COFFEE ROASTERY 愛知県安城市から”福を届ける”コーヒーロースタリー

